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2011年03月 アーカイブ

品種改良競争1

一方、野菜 種というより花を賞する花木としてのモモは、『花壇綱目』で九品種記されており、江戸末期までに花モモは二〇〇品種になったといわれている。

モモもウメの場合と同様に、果樹としてより花木の方が多くの品種ができた。

このように、異形針葉樹、カエデ、ウメ、ツバキをみると、日本独得の開発(異形針葉樹、カエデ)の場合もあり、日中共同開発(ツバキ、ウメ、さらにボタン、キク)の例もあることがわかる。

そしてこれらの改良は日本の方が中国よりすすんだ。

中国の花卉園芸は花木中心であったが、ほかの花木類は意外にも中国ではたいした品種改良はなかった(ただ中国バラだけは例外的な存在で、バラに関しては日本は中国にまったく後塵を拝した。

中国はたいへんなバラの国であったのである)。

一方、西ヨーロッパの状況をみると、バラ、ライラック以外には花木の改良は十九世紀以前にはほとんどなく、日本、中国よりはるかに劣っていた。

古い漢字はそのままロゴ?金文・大てん偏

段王朝が滅亡して、周王朝が始まり、春秋時代(前770-前403)がやってきます。
銅器や銅剣がさかんに作られるようになり、これらの金属器には、さまざまな銘文が鋳込まれています。
この刻まれた文字のことを、金文といいます。
金文を刻んだ銅器や銅剣は、中国全土から発掘されています。
金文は、のちのてん書や隷書の原形になる要素を持っていることから、このころの書体を、大てんと呼んでいます。
大てんが使われたのは、金属器だけでなく、陶土の板に、毛筆を使って、漆で書かれたものや、石の印章などにも使われました。
とくに、印章に刻まれた文字(てん刻)の技法の発達はめざましく、石材のほかに、金印、陶印、木印、角印など、豊富な印材を使った印章が、さかんに作られました。
権威とか格式などを重んじる、上層階級の人々に好まれたてん刻の文字は、荘重で力強く、均整のとれた、美しい書体としての完成度を高めていきました。
大てんという書体は、現在の漢字の源流といわれています。
中国の南部地方に残されている大てんには、豊かで大らかな文字があり、このころすでに毛筆が使われ始めたことを示しています。

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